地域農業商社「株式会社へんこ」の取り組み
~つくる人、つかう人の「想い」をつなぐ基礎インフラづくり~
株式会社へんこ
代表取締役社長 村山邦彦
〇伊賀の有機農業
忍者の里として有名な「伊賀」は、三重県西部に位置する伊賀市、名張市にまたがる地域で、有機農産物の一大産地でもある。この地域には古くから化成肥料や化学合成農薬を使用せず、土づくりや地域内循環、堆肥づくりに励む専業農家が40軒近く存在している。彼らの多くは、単なる利益追求のためでなく、自然環境や地域社会、伝統文化、食べる人の健康などに優先順位を置く生産方式を模索しながら、都市部の消費者と直接契約、あるいは生協やこだわり野菜の宅配業者等と年間供給契約を交わして、いわゆる産直提携のスタイルで米や野菜、鶏卵などの販売を行ってきた。
関西の方言では独自のこだわりを頑固に実直に貫く変わり者のことを、いささかの愛情を込めて「へんこ」と呼ぶ。伊賀の有機農業者たちそれぞれの生産方法や販売スタイルは十人十色。個性的で熱い思いをもった、周囲から時に傍迷惑に思われるような「へんこ」が揃っている。独自のスタイルを貫くパイオニアたちに魅力を感じ、後を追うように移住してきた若い世代も増えるなかで、地域内での有機農業の存在感は増してきている。
平成22年にはこうした活動をバックアップするため、農業者や消費者、流通、教育、医療、行政などの関係者が連携して、「伊賀有機農業推進協議会」(以下「伊有協」)を立ち上げ、国からの助成を受けて、生産技術向上、販売力強化、人材育成、生産状況調査などの取組が行われるようになった。以来、6年に渡って活動を続けるなかで、協議会構成メンバーらが出資して、生産物の営業・販売機能を担う組織として設立されたのが株式会社へんこである。
〇有機農産物流通の現状
日本における有機農産物の生産・流通の現状は、欧米の先進諸国に比べると大きく立ち遅れている。海外では5%程度のシェアが当たり前になっているにも関わらず、日本では0.5%程度であまり変化がないままである。この原因として生産、流通の各面でいくつかの課題があげられるが、①供給が安定しない(農業者の生産・経営技術が未成熟) ②価格が高止まり(生産ロットが少なく流通経路が限られている)、③情報不足(業者・消費者が価値・意義や入手方法を知らない/需給マッチングをする市場機能がない)などが挙げられるだろう。
2020年の東京オリンピック、パラリンピックの開催に伴い、海外から来日するアスリートや訪問客のオーガニック需要が確実に見込まれるなか、業界ではこれを機に有機農産物の需要開拓につなげようとする気運が盛り上がってきている。農林水産省も有機農業推進に関わる施策の一部について、農業ベンチャー企業㈱マイファーム代表の西辻一真氏らを中心とする若手で構成された「次代の農と食を創る会」に業務委託を行うなど、旧態依然の業界のイメージを刷新することにより、イノベーションを促す構えを見せている。こうした流れのなか、先に挙げたような課題をどのようにクリアし、新たな流通のかたちをつくりあげていくかが、有機農産物に関わる重要なテーマとなっている。
有機農業に関わる人たちは伝統的に、人と人、人と自然の「有機的なつながり」を重視してきた。そして、食の安全、自然環境や生物多様性の保持、地域内自給・循環促進、顔の見える関係づくり、生命の尊重などを重要なテーマとして掲げてきたのである。そうした「説教くさい」部分が敬遠されたこともあってか、有機農産物の取り扱いは一般の農産物流通の世界にはあまり馴染まず、独自の流通系統として発達してきた経緯がある。「産消連携」という「顔の見える関係」を基盤にした契約販売方式が主流となり、単純な商品のやり取りに留まらず、生産者と消費者(あるいは八百屋)が有機農業の意義や役割を認め、互いに支え合う仕組みとして機能してきたのである。
しかし、昨今の流通機能の合理化、合併・大規模化、有機JAS認証制度導入に伴う栽培履歴の確認業務の簡素化といった流れのなかで、つくり手と受け手の心理的距離は徐々に遠くなり、関係は希薄化してきている。特定の販売業者(生協や宅配業者)、生産者、あるいは特定の産地のファンとなって農産物を求めるより、「有機農産物」という「商品」として認知する傾向が広がっている。
大手企業によるこだわり農産物販売業者の買収や、技術があってやる気のある農家を囲い込む系列農場化の動きも進んでおり、有機農産物の流通再編は数年のうちにまだまだ進むことが予想される。農業の世界全体、有機農業関係者が「慣行栽培」と呼ぶ分野でも、安全安心を担保する取り組みや環境への配慮が当たり前のものとなり、全国各地の様々な業態の生産者同士の交流や情報のやり取りが積極的に行われるようになるなかで、「有機」と「慣行」という単純な図式での生産方式の差別化そのものが難しくなっている。
〇有機農産物に関わる価値シフト
業界関係者の意図に関わらず、日本においては、消費者が有機農産物に求める要素は「食の安全」(“無農薬”神話)に極度に集中していた。そのため、JAS有機認証が一般化した後も、この制度が「安全」とは直接関係なく、あくまで「環境に優しい~自然の循環機能を促進する生産方式」を担保するものとして企図されているにも関わらず、流通局面では人体への安全性と関係あるかのような混同が当たり前のように行われてきたのが実態であった。そうした「事実誤認」を利用するような、ネガティブキャンペーンを伴う「有機/無農薬」ブランド商法が長らくまかり通っていたのも残念ながら事実であろう。
とはいえ、ここ数年のトレンドとしては、「オーガニック」を「エシカル(倫理的)」な枠組として捉える消費者が富裕層・高感度層を中心に広がっており、欧州的な発想も徐々に定着しつつある。そこには、従来のヒステリックになりがちな「有機/無農薬」の発想とは質的に異なった、新しいかたちのオーガニック需要が垣間見える。こうした層は、例えばロハス、ナチュラル、ローカルなどのキーワードで表現されるような、「ライフスタイル」と密着に繋がった商品選択を行うが、そこで求められるのは単に「安全な農産物」ということよりも、自分達の指向性に見合う、生産や流通の過程に纏わるストーリーやイメージであり、また愛着を感じることのできる「人」や「自然」を表象するコンテンツである。このような「想い」に丁寧に応えていくためには、モノが良いことは大前提としながら、こころに届く、センスの良い、細やかな情報発信が求められる。農業者にも、単に顔写真がついたPOPやパッケージや、キャッチーな煽り文句ではなく、「メーカー」として商品力を担保する信頼、つまり真の「ブランド」が求められる時代になってきたということだろう。
一方、農業者が足元の地域社会のなかで果たすべき役割も変わってきている。農業界全体でみると、TPP参加による貿易自由化の動きに加え、企業参入や海外からの技術導入のケースが増えており、産地の大規模化・寡占化が進む傾向は強まっている。政策的にも「強い農業」(つまり儲かる農業)を支持する傾向がこれまで以上にはっきり打ち出されるなか、地方の地域社会を支えてきた農業の産業構造そのものが変貌しつつある。
そんな流れのなかで、田畑の周りの里山や小川の手入れをして保全するとか、集落に伝わる伝統野菜の種を守るとかいうような、農業関係者が担ってきた「多面的機能」と呼ばれる役割の行方は気になるところである。地域コミュニティを存続させるために、農業者が果たしてきた役割は決して小さくなく、これは流通側の事情とは別に、有機農業者(を含む多くの農業者)らが常に大切にしてきた要素でもある。
最近の世の動きとしては、こうした一見「つくり手」側の事情に過ぎないようなストーリー、もはや滅びゆくと思われるような事象が、何かのきっかけで都市に住む「つかい手」側の感動や愛着を誘い、大きなインパクトを与えるケースが儘ある。ローカルに眠るユニークな資源を掘り起こし、大切に育てることが、大きなビジネスチャンスになる可能性が増しているのだ。今後は、そうした可能性をも意識的に創りだしていけるかどうかが、地方の農業者の生き残りには大きく影響してくると考えられる。
有機農業に関わる価値シフトが大きく進んでいく中、こうした内(産地)と外(都市)への配慮を縦糸と横糸のようにバランスよくできるかどうか、対都市向けのブランド価値創出という「攻め」の戦略を進めながら、地域の様々な関係者と連携して暮らしを支える「守り」の戦略を併せ持つ、そんな新たなビジネスモデルが求められている。
〇㈱へんこのビジネスモデル
㈱へんこは、前述の「伊有協」のメンバー(生産者や小売店、飲食店、消費者ら)が出資・設立した地域密着型の総合農業商社である。つくる人(生産者)の想いとつかう人(流通業者、消費者)の想いをしっかりつないで、農業や食に関わる様々な課題に対してソリューションを提供していくことをミッションとしている。(なお、へんこではいわゆる「有機農産物」に準ずる農産物を扱うことが多いが、有機JAS認定制度については顔の見える関係から遠ざかる可能性が高いため、基本的に採用しない方針をとっている。)
業務の中心となるのは地域の生産者らの農産物の販売である。「ただ売る」のではなく、食のバリューチェーン全体を豊かなものにするため、よりよい「仕組をつくる」こと自体を重要な仕事と捉えている。そのため、誰にでも売るという姿勢はとらず、「パートナー」として、共によりよい仕組をつくっていける相手とのみ取引する。
へんこの農産物の取引は、まず、有機農産物や珍しい野菜など、こだわりの食材を探している飲食店や卸売・小売を行う需要者らとよく話し合い、彼らのニーズに応えることができる生産者らとのマッチングをすることからはじまる。このプロセスはいわば「お見合い」のようなもので、伊有協や県内の生産者のネットワークを利用して、顧客が求めるもの/ことを実現する方法を模索する。
へんこは生産者と密着した組織であるため、取引パートナーとの関わりのなかで、単に農産物を届けるだけでなく、相手方の様々な事情に合わせたリクエストに応えることができる。POPに使うために畑にある農産物の写真がほしい、食材を提供する生産者の取り組みを紹介する動画をつくりたい、生産技術の詳しい説明をしてほしい、野菜販売スタッフの短期研修をしてほしい、畑に行ってイベントをしてみたい、など多種多様にわたるリクエストにできるだけ丁寧に答えていくのである。(図1)。
図1 こだわり農産物マッチングイメージ
取引についてはスポット的な「農産物探し」の場合もあれば、レギュラーで用いる野菜を「畑ごと」確保する場合もある(図2参照)。これとは逆に、生産者側のリクエストに応えて、余剰生産物をスポットで使ってもらえる取引パートナーを探したり、まとめて作付したい野菜を安定的に購入してもらえるよう働きかけたりする場合もある。
有機農産物等のこだわり野菜は市場規模が小さく、公設市場のようなバッファー機能を持たないので、スポット取引の割合が増えると、農産物を圃場で廃棄する確率が高くなりやすい。これは生産者の経営圧迫につながるため、へんこの基本方針として、作付する農産物の一定部分が早い段階から売約済みになるよう、生産計画段階からの先物売り(パートナーからの購入コミットメント獲得)をできるだけ増やす形態を目指している。もちろん、購入コミットをしてくれるパートナーに対しては、価格を抑えて優先販売を行うのである。こうした先物取引を進めることに加え、取引の過去履歴や業界トレンドをもとに、あらかじめ需要傾向予測~販売計画を立てて、あらかじめグループ内の生産者に割り当てるスキルも重要になってくる。
一般に、品質の良い農産物を安定供給できる生産者(篤農)は、取引を有利に運ぶことができるため、独自で販路を確保することができる。こういう「強い生産者」をどんどん伸ばしていく、という施策は強い農業を創るうえで一つの明確な戦略となる。ただ、新規就農者のような成長途上の生産者をグループで抱え込み、作付を割り当てながら守り育てることも、多様性を保持し、変動に強い「生態系」をつくる戦略として十分有効性をもつと考えている。実際にはそうした戦略のベストミックスを探ることが重要なのである。
こだわり農産物を扱う、中小規模の生産者~需要者らがこれからの時代を生き抜くには、相互に連携して食のバリューチェーンを創り上げることが求められるであろう。この連携の中で、需給不安定化のリスクが分散され、作付割り当てが最適化されるのである。その段階では、生産・販売計画や取引履歴などの情報は共有され、ネットワークとして管理されるようになるだろう。これは言ってみれば、バーチャル(仮想的)な市場機能そのものになる。従来であれば、そうした構想は夢のような遠い話に思えるが、昨今のデータベース技術(とりわけビッグデータの活用)、ネットワーク技術の深化と遍在化は、そういったプラットフォームの実現時期を確実に近づけている。へんこではそうした時代の来訪を見越して、取引に関わるデータベースの構築・充実化と、それを自在に使いこなすためのIT技術の習得に力を入れている。
図2 農産物探しから計画生産へ
へんこが媒介する生産者グループ(伊有協、みえ次世代ファーマーズmiel他)と需要側パートナーの間の、物流と商流(代金回収)のネットワークの全体像は図3のようになっている。物流面では、地域の生産者の農産物を集荷施設に集め、日々の受注に基づいたピッキング~小分け・梱包等を行い、配送手配を行っている。一括受注窓口や物流機能、代金回収をへんこが担うことで、ロットの集約と多品種対応が可能となるのだ。規模の大きい需要者の場合、大きなロットでないと取引できないことが多いが、へんこのようなネットワークを作ることで、地域という「面」の単位で物量を確保しやすくなる。
へんこが意識している、中小規模の生産者と中小規模の需要者をつなぐシステムは、生産、物流、情報、いずれの面でも管理に工数がかかる場合が多い。例えば、伝票作成一つ取っても、わずかな量のアイテムを多数揃えるとなれば、そこに多大な労力がかかる。大ロットで定常的に捌く業態と比べれば、労務など諸経費の重みが圧倒的に違うのである。こうしたボトルネックとなる煩雑さを取り除くために、IT技術やマネージメントに関する最新ノウハウを導入していき、「機能」が満たされれば構わない部分はできる限り集約・合理化していくことが重要である。そして、リアルタイムできめ細やかに行う必要がある情報発信やサービスに十分なエネルギーを振り向けるようにしていくことが、今後の業界発展のカギとなる。このような「機能」の合理化を目指すために、へんこのようなネットワーク・ハブとしての役割が今後一層重要になっていく可能性は高い。
設立から3か年を経るなかで、へんこが有する物流・商流面でのサポート機能は徐々に充実してきており、「総合農業商社」を標榜する上での基盤が固められつつある。今後は各地でへんこに似た取り組みをしている組織と、ノウハウ共有しながら、相互乗り入れネットワークを作っていくことで、生産者・生産物のラインアップを充実させ、ビッグデータ確保に近づくことができると見る。
図3 取引の全体像・ビジネスモデル
最後に、へんこが一般の産地卸売事業者や中間流通と違い、生産者らが自ら立ち上げ、主体的に運営する組織であることから、以下のような点について優位性を持っていることを挙げておきたい。
① 農業技術の研鑽機能を有している
伊有協の活動として、生産技術の勉強会、各生産者の土壌分析、コンサルティングなどを実施してきているため、技術向上を促進し、産地として高品質な農産物を安定供給する力をつけていくための機能を有している。
② 地域農業を支える人材育成機能を有している
伊有協の活動として数多くの就農支援、人材育成を行ってきており、こうした地域密着型の取り組みを続けることで、長期的な安定供給体制の構築につながっていくと予想される。
③ 生産者同士を繋げるネットワーク機能を有している
生産者中心の組織であるからこそ、生産者同士を繋ぐネットワークとして機能することができる。構築したネットワークを通じて、上記のような技術研鑽や人材育成を拡大実施することができるうえに、農産物の生産計画・作付情報の収集を効果的に実施できる。
〇取り組み事例紹介
ここまで述べてきたビジネスモデルのなかで、へんこが取り組んできたいくつかの取り組み事例を紹介する。
① イオン名張店での取り組み
2014年5月から2016年6月までの2年強にわたり、イオン名張店内の地元コーナー(三重県内産限定・できる限り名張・伊賀産を扱う)の運営に携わり、農産物や農産加工品の供給を行った。地域の生産者らの野菜や農産加工品を一括発注・集荷・納品しながら、取組紹介やレシピ提案などのPOPを準備して発信を続け、1~2か月に一度は生産者やスタッフが店頭に立つイベントを実施するなど、お店と連携して魅力的なコーナーづくりを進めていったのである。
昨今、地方では直売所や量販店の地元コーナーは人気になっている。その運営方法については、多くの場合、生産者らがバラバラに野菜を持ち込んで、レジを通った分だけを仕入れる消化仕入方式で行われることが多い。ただ、この条件では、まとまった集客力をもつ施設でない限り、生産者が採算を合わせるのが難しいケースも多く、生産者目線からは次のような課題が浮かび上がる。
・毎日の配送負担が重く、廃棄リスクがある
・アイテムが地域の旬のものに固まりがちで、棚の全体の商品構成が不安定
・生産技術や原価感覚がない生産者が混じると、クオリティが下がって値崩れが起きる
・POSデータがメールで送られる等、生産者の販売管理をサポートする仕組が充実した
コーナーもあるのだが、多くの生産者がそれを活用しきれていない
・生産者同士の過当競争など、感情的なものも含めて全体調整を行うことが難しい
ここでの取り組みは、生産者側の視点を持ちつつも、流通組織の役割を果たす「へんこ」という組織が、量販店と生産者の間に立って棚を運営することで、店側にも、生産者側にもメリットが大きくなる仕組づくりを目指したものである。具体的な運営の内容については以下のようなものであった。
・地域の有機・特栽農産物を主体に、県内生産者ネットワークを利用して品揃えを充実
・生産者は卸売販売用の他の野菜と合わせて納品/集荷してもらえるので効率的
・店側は消化仕入~生産者は売り切り(へんこが販売データを解析して個別発注)
・月に一回程度の販促イベントの際は、店舗側がまとまった量を買い切ってサポート
・有機準拠の産品には独自のマークをシール添付し、区別できるようにする
・POPや動画などを多用し、農産物や生産者のアピールを戦略的に行う。
・イベントに生産者を招いたり、試食提供するなどして、ファン層の定着を狙う。
・地域農産物を利用した商品開発も行う(ポテトチップス等の菓子、米粉パンなど)
農業がそれほど盛んとは言えない地域で、市場機能を用いることなしに、通年で地域農産物を安定して取り揃えるのは容易なことではない。だが、継続的してメッセージを出し、コーナーの「質」を保つうちに、徐々に「よいもの」を扱っていると認知されるようになり、やがて固定ファンが定着してじわじわと売上を伸ばしていった。店舗スタッフとも協力関係を築き、バックヤードを活用した納品や鮮度管理と品出しの方法など、オペレーション上の改良と工夫を重ねるなかで、採算をとれるモデルができあがっていった。
このコーナーは2年強にわたり続いたのだが、地域振興の流れで店内により大きな統合物産コーナーが新たにつくられることになり、運営主体が移管されたため、残念ながらへんこは売り場の運営から外れることになった。
② バロー鈴鹿店での取り組み
日本食農連携機構のマッチングにより、2016年7月から、バロー鈴鹿店と連携して、新たな地域密着型のコーナーづくりに取り組んでいる。基本コンセプトは、地域の店舗と生産者、消費者が連携しあって、新しいかたちの地域密着型農産物コーナーをつくる、というものである。具体的には、「地域のお母さんたちがつくるコーナー」を標榜し、鈴鹿市に拠点を置くNPO法人「マザーズライフサポーター」がコーナー運営を行う形をとり、へんこの生産者ネットワーク等を活用しながら、地域の生産者らの農産物を扱っている。
マザーズライフサポーターは、小さい子供を持つお母さんたちが協力しあって、自前の託児機能を確保し、地域の事業者のもとで就労を行う、「ニコラボワーク」という新しいかたちのシェアワークに取り組む組織である。この企画の数か月前に「ニコラボワーク」を通じて、何人ものお母さんたちがへんこや伊賀地域の生産者の農業作業や販売業務補助を担当したことが縁となって、こうした連携体制のきっかけが生まれたのである。
コーナー企画はへんこが立案~提案したものであり、スタートから当面の間はへんこ自らが運営主体を引き受けながらも、POP制作や売れ行き管理などコーナーに纏わる実務をニコママのスタッフで行うスタイルをとった。へんこ側は、イオン名張店での棚運営の経験を活かして、店舗から報告される売上データを元に、仕入農産物の選定~生産者への発注、物流手配を行うほか、販促イベントのサポート、店舗スタッフ・ニコママスタッフへの指示~トレーニングなどを進めていった。
運営にあたっては、店舗・コンサル・へんこ・ニコママの諸関係者が定期的にミーティングを行い、チームの意志決定や現場のスタッフの主体的な参画を促す。そうして数か月の間の実際にオペレーションを続けるなかで、コーナーづくりや生産者からの仕入れについて、チーム全体として運営ノウハウを蓄えていった。
マザーズライフサポーターは、店舗のコーナー運営とは別に、独自のネットワークを通じた野菜セットの宅配も始めている。コーナーで扱う農産物を中心に品ぞろえを決め、仕入の物流機能はコーナーと共有することで、コストメリットを出すことができる。宅配の顧客は店舗近隣の住民が多いため、スポット的にお気に入りの農産物がほしくなった人が店舗のコーナーに買いに来る、というサイクルも期待される。
このような流れを経るなかで、ニコラボワークでメンバーが派遣される農場からの農産物仕入れも独自ではじめるようになり、暮らしをつなぐ「ニコママ」のコーナーとしてのアイデンティティが徐々に確立されている。コーナーの売り上げはまだまだ限定的なものだが、人的ネットワーク、現場での学びが着実に蓄積されるなかで、地域内物流の新しい潮流の一つとなっていくことが期待される。
〇㈱へんこの課題とこれからの展望
へんこは設立から間もなく3年を迎えるが、世間知らずの有機農業者たちがたいした準備もなしに裸で流通の世界に飛び込んで以来、あっちこっちにぶつかりながら、ひたすら学び続ける日々が続いてきた。地域に根ざすベンチャー企業として、現状の農業界にイノベーションを起こすには、業界の常識を学びつつも、そこにどっぷり染まることなしに、初心を貫いていくことが大切なのだろう。とはいえ、地域の生産者らの出資によって立ち上げたこの組織は、財務基盤も弱く、実際にできることはとても限られている。吹けば飛ぶ状況に変わりはないが、幾度となく「ピボット」を繰り返す中で、これから採るべきビジネスモデルが徐々に絞り込まれてきた。絶えず業務改善、選択と集中を繰り返しながら、3年目終盤にかけて、ようやく収支黒字が見えてきたところである。
へんこの今後の主要な課題として挙げられるのは、以下のようなものである。
① 生産技術のさらなる研鑽
産地に根付く商社であるへんこにとっては、生産者らそのものが商品である。
昨今の気候変動の影響もあって、最近は農産物の安定確保が非常に難しいが、天気に負けない、確かな生産技術を磨くために、へんこの主軸を担う生産者らのための勉強会や先進地視察を開催したり、新しい機械やシステム導入をサポートするなどして、産地の技術強化にこれまで以上に取り組んでいく必要がある。
② 需給情報を取り扱うノウハウ強化
取引に関わる諸情報、生産者側の作付~生産関連情報、実需者側のニーズ情報等を統合・整理する力を向上させることで、より細やかで精度の良いマッチングが可能になる。生産者、需要者、双方のパートナーのリクエストにスムーズにこたえられるよう、リアルタイムで正確な需給情報を把握するツールや業務体制を整えていく必要がある。
③ 中軸を担う商品の開発
へんこがこれからもう一段上のステージに上がるためには、高いブランド力を保つことができる「キラーコンテンツ」を必要としている。
それは地域農産物を活用した農産加工品かもしれないし、何らかのノウハウあるいはイベント等になるのかもしれない。現状手元にあるすべてのリソースを棚卸しながら、コアコンテンツを開発していきたい。
④ 財務基盤の確立(IR強化)~よい人材の確保に向けて
へんこが従来型の生産者連携体である「農協」との違いを明確にするには、
ベンチャー企業として他産業(とりわけIT業界)に負けない魅力を打ち出し、
優秀な人材を定常的に呼び込む流れを創りだすことが重要だと考える。
そうした基盤を整備していくためにも、今後、財務基盤の確立が欠かせない。
資金調達は企業としての今後のかたちを決める非常にデリケートな問題だが、
へんこの今後の開発を資金面から共に担ってくれる適切なパートナーを
見出すことは、今後のカギを握る重要な要素となりそうだ。
こうした課題を意識しつつ、今後のへんこの取り組みを展開していくうえで、最も重要になるのはあくまで「つながり」の形成ではないだろうか。全国各地、あるいは世界各国に目を向けて、へんこが大切にしている「価値」を共有できるパートナーを探し出し、彼らと連携を進めていくためには、へんこのメンバーらの目は常に外に向けて開いていることが欠かせない(縦の糸)。しかし同時に、地域社会の食を守る仕事に関わる以上、暮らしを大切にし、いのちを大切にする、そうしたこころの内側を耕していく営みを手放してはならないのである(横の糸)。こうした縦糸・横糸をバランスよく紡ぎだしていくことこそが、新しい食のバリューチェーンを構築するうえで、重要なヒントとなるように思えてならないのだ。
へんこ(変人)になることを恐れない。 Think Globally Act Locally